Diary & Column

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Diary
■ ウエストレーシングカーズ神谷誠二郎さん
  出会いと別れと新たなチャレンジ

昨年12月、私のモータースポーツ活動において大変お世話になったウエストレーシングカーズ代表、神谷誠二郎さんがお亡くなりになられたので思い出も含め自分なりにHP日記にUPさせて頂きます。

私が神谷さんと初めてお会いしたのが中学2年の時でした。
父親に連れて行って貰った鈴鹿サーキットの帰り、すれ違ったホンダレジェンドとお互いホーンを鳴らし急停車。『カミヤン~久しぶり!』と父親が言い神谷さんは後で『ガレージに寄って!』と言う話になりました。
夕方ガレージに行き、そこで見た物はWEST90J★と言うFJ1600でした。
ダッカムスカラーに塗られた90Jは重心が低くまるでフォーミュラーフォードの様に感じカッコイイ!!と一瞬で惚れてしまい、私が小声で父親に『いくらするの?聞いて!』と言ったら神谷さんは『中古で200万位どう1台?』と早くも営業されたのを覚えています(笑)
私は素直に安い!!と感じ、そこから無駄使いせずのお年玉貯金が始まりました。
学校の勉強はあまりせず愛読書はオートスポーツとレーシングON。しかもFJ1600のリザルトばかり見ていました。WEST90Jは何位だろう?最高位は富士の7位?!優勝は無かったと思いますが自分がドライブして速く走らせたいと免許もないのに~そう思いながら中学生時代を過ごしました。

月日が流れ私は20歳、KARTレースからいきなりF4のレースに出場する事になりました。購入したのはWEST936新車★でシート合わせの為、WESTレーシングカーズに1人で訪れ初めてのシート合わせをする事に!そこでまた神谷さんにお会いし初めてお話をしました。初対面と同じ明るく元気な方だな~と♪

そこから私は腕を磨き96年フナキレーシングからエントリーし、そのF4で美祢サーキットとTIサーキット〈現)岡山国際サーキットでWシリーズチャンピォンを獲得する事が出来ました。

そうすると神谷さんから『WESTのF4新型車976のシェイクダウンを担当してくれないか?』と連絡を貰い鈴鹿サーキットでTEST走行。
レーシングカーをドライブして初めて乗車手当を貰ったのが神谷さんからでした。
その時の気持ちは一言で表しますとヤッタ~と叫び飛び上がる位の嬉しさを覚えています。それからも006・056と引き続きWEST製F4の新車シェイクダウンを担当させて貰い
プロレーシングドライバーとしてセットUP能力の重要性を身体で感じる事が出来ました。

海外でのお話は韓国です!WESTが韓国製フォーミュラーを製作し日本と韓国のジョイントJKと言う会社を立ち上げられ私は1999年にJK96キアエンジンでスポット参戦をし、2002年からはJK02ヒュンダイをドライブ!3年連続シリーズ2位・4年目でシリーズチャンピォンを獲得しました。これも神谷さんが韓国でフォーミュラーレースを開催するプロジェクトを立ち上げられたからこそ、私は大好きなフォーミュラーカーをドライブして給料を貰う事が出来ました。
韓国に行っている時は特に神谷さんとお話する機会が増え夜はバーでビールを飲みに行ったり、部屋飲みでベッドから転落され負傷されたり(笑)お互い覚えたて片言の韓国語でよく会話をしていました。楽しい思い出です♪

私はウエストレーシングカーズからは1度もレースにエントリーした事は有りませんが、スーパーFJ・F4のタイヤ比較TESTや最近でもCS2のセットUPドライバーで呼んでもらったりと本当に嬉しい限りです。

私の父親・弟も含め今回のサンクス神谷会に出席出来た事が良かったです。帰り道、父親に『何で神谷さんを知っているの?親父がレース引退したのは1973年だし被ってないやん?』と尋ねると知り合ったのはカミヤンが鈴鹿に来てからや~と?!親父は既に引退しるし?!実は1983年のF2鈴鹿開幕戦1戦だけ親父は監督をした事が有るらしく、その時のメンテナンスがウエストレーシングカーズだったそうです。スーパースターマーチ822BMW!え~ウエストは当時の日本トップフォーミュラーもメンテしていたんだ~とビックリし更に繋がりを感じました。コンストラクターとしてレーシングカーを1300台以上製造・過去にはF2・F3のメンテナンスも手掛けられ、息子さんがその会社を継がれる。
本当に素晴らしいストーリーです。お亡くなりになられたのは辛いですが生前元気な神谷さんの様に明るく前向きに行きたいと思います。2020年スーパーGTで私は6号車インギングモータースポーツからマザーシャーシMC86でエントリーが決まりました。チーフエンジニアはウエストレーシングカーズ取締役の田中耕太郎さん!神谷さんもきっと喜んでくれていると思います♪鈴鹿フォーミュラー育ちの私!!今後も微力では有りますがWESTレーシングカーズのお手伝いを出来たらと思っています!!

最後に、神谷さんとは鈴鹿のピットでお会いしてもお互い片言の韓国語で挨拶していたので日記の最後はカタカナ韓国語で!

カミタニシャジャンニン~チンシムロ~カムサムニダ~^0^(神谷社長 心より 感謝します)

レーシングドライバー 阪口良平