Diary & Column

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室岡 Column 2
■ 2002年POKKA鈴鹿1000km
  「そして、得たもの・・・」

鈴鹿1000km、シリーズ化されたレースではないので、「どんなレースなの?」という声をよく聞く。ハチタイ…そう、バイクの鈴鹿8時間耐久レースの"車版"とご理解頂けるだろうか?自動車レースというものは、1年間に数戦を戦って年間の実績を競うシリーズ化されたものが一般的であるが、例えばルマン24時間やマカオGPのように、どのシリーズにも属さない独立したレースも散見される。この鈴鹿1000kmは、日本国内の国際格式のレースにおいては唯一のそういった独立レースであり、今年で31回目を数える伝統的なものである。出場するマシンもプロトタイプ・GT・S耐車両からRSといったフォーミュラまで多岐に富んでおり、言ってみれば異クラスバトルロイヤルの様相を呈している。上述の通りシリーズを競うポイントというものが課されないので、(今でこそGT参戦チームが己の威信をかけて目を三角形にしているが)他のクラスはレースそのものを楽しもうという雰囲気が感じられ、シリーズ戦のようなピリピリした空気は漂っていない。
そんな中、全クラス中最もコスト安で参戦できるRSクラスに、まさにその主旨通り「楽しくレースをやろうぜ」というチームが参戦してきた。今まで数々のドライバーをサポートしてきた、真神氏が発起した「チーム真神」だ。もちろんレースを楽しもうというチームは他にもある。しかしこの「チーム真神」が面白いところは、異色なドライバーを揃えてきたこと。それはこの長丁場を通じて、お互いが切磋琢磨できればいいという真神氏のいつものサポート姿勢に起因したもので、普段ではあまり考え難い人選であった。
まずこのプログラムを一瞬で快諾されたマシンオーナーの古谷選手。古谷選手は長年このRSクラスに参戦しており、ラップタイム・マシンのセットアップにおいてスタンダードとなるわけだ。そしてこの古谷選手に刺激になればということで、元F4チャンピオンでF3・シビックインター・S耐等幅広い経験を持つ阪口選手を起用。そして「ハコスペシャリスト」をフォーミュラに乗せたらどうなるか、そこで白羽の矢が立ったのが幸内選手。このキャリアの全く異なる3人のドライバーを一同に介して、「チーム真神」は始動した。

土曜日の1回目の予選、RSはB組ということでオープンクラス・S耐クラスとの混走だ。30分間のうちに3人のドライバーが基準タイムをクリアしなければならないので、アタッカーである阪口は実質2ラップで決めなければならない。元気良くピットを飛び出していく阪口、INラップでクリアを取ってきながら独特の3Sサウンドを奏でてアタックに入っていく。
阪口は普段テストなどでRSに乗る機会が多い。カート〜フォーミュラというキャリアを歩んできた阪口にとってみれば、RSも「自分の範疇」であるはずだ。前日までこの古谷のマシンに「乗り易い」を連呼していた彼が、計測2周目で2分8秒228というタイムを叩き出し、モニターのトップに踊り出た。あとは2人が基準タイムをクリアすればOKだ。続いて古谷が14秒774、幸内が15秒231をマークして1回目の予選は終了、無事予選通過、どころかクラストップをキープした。
夕方に行われる2回目の予選でも、この阪口のタイムを上回られることはまず無いであろう。となるとその瞬間、目標を上方修正するのがスポーツの世界だ。恐らくGT300クラスが夕方の2回目の予選ではタイムを削ってくるだろう。

その時真神が阪口に囁いた。「ヴィーマックを食え」・・・。
言うまでもなくヴィーマックは現況GT300の最速マシンだ。GT300を全て抑えてGT500の直後につけるつもりだ。全日本で注目を浴びる、10倍以上の値段はするであろうそのマシンを、JAF規定では既にリブレ扱いになり、鈴鹿しか走ることが許されないこの廉価なマシンでブチ抜いてしまおうというわけだ。GT300は予選A組であり、RSクラスの直前に行われる。もしヴィーマックが午前中に阪口が出したタイムを上回ったら、直後のB組枠で再アタックしようという段取りだ。

2分8秒190・・・、ヴィーマックがGT300のコースレコードを塗り替え、阪口のタイムを僅かに上回ってきた。「良平、行け」真神が呟く。「見せ場を作るんじゃ」・・・。
もちろんヴィーマックサイドからすれば、RS陣営のタイムなど眼中にも無いだろう。当たり前だ。クラスも違えばステージも違うからだ。しかし真神が言うところの「見せ場」、GT300でただ1台RSクラスのグリッド集団を上回り、しかもライバルであるDUNLOPタイヤを履くヴィーマックを抑えるということは、レースを「してる側」にしてみれば、無形ながらも大きな意義を持つことなのだ。
阪口が決勝用に用意していたニュータイヤを履き、再度アタックを開始した。しかし思いの他コース状況が芳しくないようで、阪口を含め大方のチームがタイムアップを図れなかった。耐久レースという性格を考えれば、予選で目くじらを立てるのも本筋に反してるのかもしれない。しかしこの「レース」という世界は、ドライバーをはじめチーム誰しにも「相手をやっつけるのだ!」という血が脈々と流れているのだ。

さて予選を終えて、ピット裏で一人悶々としている男がいた。
幸内秀憲・・・。上述の通り今回真神に声を掛けられ、初めてのフォーミュラに挑戦している。ハコの世界ではその名を知らぬ者がいない、当代指折りの「N1使い」である。ハコ出身である上に、生粋のスプリンターであるので、相当戸惑っているようである。今回のレース前に2度ほどテスト走行をして、既にRSのレギュラードライバーと同等並みのタイムで走って見せており、周囲の評価も上々であるが、しかしそれは見る側の論理のようで、本人は全く納得がいってない様子である。自分を抑えるのが耐久レース、特に幸内は金曜のフリー走行時デグナーで飛び出しており、尚更フラストレーションが溜まっている様子だ。言ってみれば、いつも聴衆を爆笑の渦に巻き込んでいる漫才師が、「アメリカで【違うステージで】、英語で【違う道具で】漫才をしなさい」と言われてるのに等しい。「日本語で小噺させてもらえりゃぁ、このオレが場内爆笑の坩堝に・・・」という気持ちは当然にしてあるだろう。

翌日曜日、朝から天気にも恵まれ、日差しが強い割には吹く風も心地よく、絶好のレース日和となった。無事朝のフリー走行も終え、あとは決勝を待つばかり。3人のドライバーはピットウォークにも参加し、ファンの記念撮影にも応じていた。その後ドライバーも含め円陣を組んで最終的な打ち合わせ。給油・タイヤ交換・ドライバー交代etc・・・、レーススタートを目前に控え、最後の確認が行われる。

スタート直前、阪口が真神に呼ばれる。「良平、見せ場を作れ」・・・・。
それは暗に(予選で敗北したヴィーマックを食え)ということだ。耐久であるが故に、マシンをもたせるのが第一。しかもあちらのほうが1回のスティントで周回を稼げるので、直接対決はスタート直後の1スティント目、すなわち20周しかチャンスが無い。既述であるが、ヴィーマック陣営はあくまでGT300クラスで勝利を収めることを目標としており、RSクラスのことなど眼中に無いのだ。しかしクラスは違えど、同じようなタイムで走るマシンである以上チャレンジする他はない。繰り返すが、レースに携わる人間というのはそういうものなのだ。
いよいよエンジンに火が入る。12時5分ウォームアップ開始だ。数周して一度ピットイン、再度コースオープンになりダミーグリッドに整列する。阪口がピットウォールに腰掛けていると、直前にいるそのヴィーマックの密山選手が声を掛けにきた。阪口とは旧知の仲で、「後ろに窓が無いでしょ?なかなか見え難くて・・・」などと世間話に嵩じている。その後相棒の柴原選手も阪口に声をかけにきた。なるほど、勝負に値するかどうかは別として、全く眼中に無い様子ではなさそうだ。
そうこうするうちにスタート5分前、関係者が次々に退散していく。阪口は平静を装っている。「1000kmですもん、無用なバトルは避け、マシンを労わりまくります」という雰囲気を醸しだそうとしてるようだが、すっかり顔には「ヴィーマックを食ってやる」と赤い太文字で書いてある。
ゆっくりとローリングラップが始まる。隊列を組んだマシンは超低速であるのでほとんど排気音を発しない、この時は観客もピットも、全てが静まりかえる瞬間だ。グリーンランプが点灯しエキゾーストノートが高まる・・・。

スタート直後は12〜3秒台でラップを重ねる。ほぼ想定タイムなので作戦通りと思わせた。その時ちょうどモニターが3号車を写し出した。というより正確には前を走るGT300トップのヴィーマックを追いかけていたのだろう。アナウンサーのピエール北川氏が盛んに「阪口が柴原を攻め立てる」と連呼する。その通り、どう見ても阪口は攻略の機会を覗っている。スタートしてからしばらく、このヴィーマックに抑えられてきていたが、RSクラス・GT300クラスとも後続は遥か後方で、端から見れば"一騎打ち"の様相だ。「いくでぇ」・・・真神の拳に力が入る。シケインをテールツーノーズで立ち上がってきて、メインストレートを駆け抜けていく。完全にスリップに入り、1コーナーでインを取る。その時3号車のピットは湧きに湧いた。その後も11〜2秒台を連発し、ヴィーマックを6秒後方に追いやる。挙句に10秒349というベストラップも記録するほど逃げに逃げ、「そんなに飛ばして・・・」と誰もが心配になるほどの快走であった。
1スティント目が終わり、第2ドライバーの古谷にチェンジする頃には大差をつけていた。古谷は2ヶ月前の鈴鹿クラブマン耐久に出場しポールポジションを奪ったが、その時はトラブルにより敢え無くリタイアしている。そのリベンジのためにも、マシンを提供しているオーナーという立場としても、そして何より阪口・幸内という力強い相棒を得て、この1000kmという大舞台で勝利したい。普段は物静かな古谷だが、ヘルメットの向こう越しには並々ならぬ執念が見え隠れしている。
コース上ではピットインのアヤもあり、22号車と僅差に迫っている。ベテランの近田選手と些かなバトルを繰り広げるものの、ペースに勝る近田選手に捕らえられてしまった。
前週のテストのあたりから、古谷はややスランプ気味で平凡なラップタイムに終始していた。しかし2ヶ月前のそのクラブマン耐久の予選では11秒534をマークしているし、例えば一昨年の最終戦の予選では8秒287と、今回の阪口と同等のタイムを叩き出しているのだ。そうなると古谷の実力も推して知るべしで、どうも今回は「実力」以外の要因が大きそうだ。
己のスティントを終え、ピットに戻る。足元もおぼつかない。想像以上の消耗で、用意されたドリンクもうまく飲み込めないようだ。「貧血だ〜」と言ったまま椅子にへたり込む古谷。確かに真夏のレースの乗車後は顔面が紅潮しているものだが、完全に血の気が引けており顔色も蒼白であった。真夏のレースはドライバーから一瞬にして生気を奪い、激しく体力を消耗させる。ましてや体調不良の際など、思い通りに走れるはずもない。しかし時間の経過をへて血流も戻ってくると、古谷の表情も途端に明るくなってきた。
なるほどその視線の先を追ってみると、交代した幸内が14秒台から13秒台に入れる好走をしていることをモニターが伝えている。既にクラストップにも返り咲き、ハコスペシャリストに操られているこの紅白のマシンは、絶妙な3Sサウンドを奏でている。

「耐久レースですから、自分に与えられた仕事を・・・」「長丁場ですから、想定ラップで・・・」 前日より、まるで自分に言い聞かせるようにそう口にしていた幸内。おそらくや国内全てのワンメイクドライバーやフレッシュマンに目標とされてるであろうこの男が、慣れない耐久で自分と戦っている。ナチュラルなスピードでは誰にも負けないという自信もあるだろう。ただ真神の思惑はここには無かった。「ドライバーとしてのスピードはよく解かった。ならば次のステージに向けて、一皮剥けてもらいたい」。推測で代弁すれば、こういうことではなかろうか?ただひたすらスピードだけを追求していた昔の高木虎之介が、かけがえのない経験を得て今や緩急自在の勝てるドライバーになったように・・・。

予定より3周早く幸内がピットインしてきた。ハンドリングに異常があると訴えている。メカニックが慌しくマシン回りを点検する。「左リアだー!」 原因は左リアのナットが緩んでいたようだ。スプーン2発目で異常に気付いて、何とかマシンをピットまで運んできた。大したロスもなく阪口に交代しコースインする。再び快走。この後のスティントは幸内→阪口となる。
この後幸内に代わると、程なくピットに戻ってきてしまった。燃料系のトラブルだ。規定人数の5名総がかりで修復を試みるが、無情にも時間だけが過ぎていく。2番手の22号車に2ラップほどのリードを保っていたが、あっという間にひっくり返されてしまった。再び走り出すがやはり燃料がうまく噴射されずピットイン。再びピットアウトするが今度はギアがほとんど無くなり万事休す、ピットにマシンを引き入れ本格的な修復作業だ。ミッションを交換し周回数を確認する。この後チェッカーまで走りきっても、完走の規定周回には届かない。

真神の判断は「行け」、「最後まで走るんじゃ」・・・。戦意は喪失しかけていたが、最も重要なことを思い出した。「走れるのなら、最後まで走る」、スポーツ選手としての義務であり、ライバルに対する敬意である。阪口がコースインする。"light on"のボードが出された夕闇の中、全てのRSクラスのマシンより速いラップで周回を刻む。そしてチェッカー・・・。陽がどっぷりと暮れた中、全ての関係者に出迎えられて3号車がチェッカーを受ける。

結果は127周リタイア、そう記されている。ただ結果には残らなくとも3人のドライバー、そして真神の中には何物にも換えられない"何か"が残ったはずだ。スポンサーである真神の意志に応えようとし、見事成し遂げた阪口、その阪口のドライビングとレース運びから、自分に足りないものを見つけたであろう古谷、そして全く新しい世界を垣間見、速いと強いは違う次元の話だと肌身で感じたであろう幸内・・・。
3人のキャリアにまた一つ大きな経験が追加された。そのことを祝うかのごとく、2コーナー手前では高々と花火が打ち上げられている。その花火を一緒に見ようと真神を呼びに行ったが、既に真神の姿はそこには無かった・・・。